大判例

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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)7711号 判決 1980年3月31日

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、原告ら各自に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五三年一二月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判例並びに仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  自賠責保険契約の存在

原告大興電設株式会社(以下原告大興電設という。)は、昭和四五年一月二九日、被告と、普通貨物自動車(登録番号神戸一に五二三一号、車台番号T六二二―五五九九〇一)につき、保険期間昭和四五年一月三〇日から翌四六年二月二八日までとする、自動車損害賠償責任保険契約を締結した(証明書番号第〇一―四九四〇五六号)。

2  事故の発生

訴外山岡要(大正九年七月二五日生)は、左記交通事故により死亡した。

(一) 日時 昭和四五年五月三一日午後一時五〇分頃

(二) 場所 滋賀県大津市下阪本町横田所在原告宮川電通建設株式会社(以下原告宮川電通という。)材料置場内

(三) 事故車 前記普通貨物自動車

右運転者 原告太田照行

(四) 事故状況 事故車に積載して運んできた古電柱一〇本を荷台から降すため、被害者山岡が荷台に上り、原告太田が事故車後方でロープを取外したところ、そのうちの一本が突然荷崩れし、右山岡は、電柱もろとも荷台から転落、その下敷となつて死亡した。

3  原告らの責任

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

本件事故車は、原告大興電設の所有する車両であるが、原告宮川電通も、原告大興電設から右車両を借受け、これを保有していた。すなわち、原告宮川電通は、電気通信工事を業とし、主に電々公社から工事の発注を受けているものであるが、昭和四四年頃から滋賀県坂本電信電話局管内の加入者新増設工事を請負い、その一部を原告大興電設に下請させていたところ、同原告は、昭和四五年頃資金難から事実上業務を停止し、原告宮川電通は、その頃本件事故車を借受け、原告大興電設の従業員であつた太田電設こと原告太田に古電柱の集荷業務を請負わせていたものである(なお、被害者山岡要は、右電柱の事故車への荷積み、荷降しのため人夫として原告太田に雇われていたものである。)。

そして、本件事故は、事故車から古電柱を荷降しする際に、積載中の一本が突然荷崩れしたために、前記山岡がその下敷となつて死亡したものであるから、右事故は、自賠法三条にいう「運行によつて」生じたものというべきである(大阪高裁昭和四七年五月一七日判決交民集五巻三号六四二頁参照)。

よつて、原告宮川電通及び原告大興電設は、自賠法三条に基き、本件事故により亡山岡要ないしその遺族らが蒙つた損害を賠償する責任を負つた。

(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

本件事故発生については、本件事故車の運転者原告太田に過失があつたから、同原告は民法七〇九条により、被害者とその遺族らの損害を賠償する責任があつた。

4  被害者の遺族に対する損害賠償の支払

原告らは、被害者の遺族(妻山岡サツ子、長女松田知子、二女山岡寿美、二男山岡格、三男山岡宰)から、本件事故による損害賠償として金一、二二五万〇、七五〇円の支払を求める訴訟を提起され(大津地方裁判所昭和四八年(ワ)第八二号)、昭和五一年一一月三〇日、右当事者間において、「原告らは各自、山岡サツ子らに対し、金六〇〇万円の支払義務あることを認め、これを昭和五一年一二月二〇日までに支払う」旨の裁判上の和解が成立し、原告らは、右和解条項に従い、昭和五一年一二月二〇日前記山岡サツ子らに金六〇〇万円を支払つた。

なお、被害者らの本件事故による損害額は、左記のとおり金九四〇万四、八六八円となる。

(一) 逸失利益 五二五万六、七〇二円

年収七二万一、四二二円、就労可能年数一四年、生活費控除三〇%で計算。

(二) 慰藉料 七〇〇万円

(三) 損害の填補 二八五万一、八三五円

(一)(二)の合計額は、一、二二五万六、七〇二円となるが、労災保険から給付された二八五万一、八三五円を差引くと、残損害額は金九四〇万四、八六八円となる。

5  よつて、原告らは被告に対し、自賠責保険金支払限度額の金五〇〇万円(連帯債権)及びこれに対する本訴状送達の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  第1項の事実は認める。

2  第2項の事実は不知。

3  第3項の事実は争う。

4  第4項の事実中、原告らが亡山岡要の遺族から損害賠償請求の訴訟を提起されたこと、昭和五一年一一月三〇日右訴訟の当事者間において、原告ら主張のような内容の裁判上の和解が成立したことは認めるが、その余の事実は不知。

5  本件事故は、事故車の「運行によつて」発生したものではない。

事故当日、原告太田、被害者山岡、訴外按田幸次郎の三名は、午前八時過ぎ項から古電柱の回収作業に従事し、午後零時半項に右回収作業を終え、古電柱一〇本をトラツク(本件事故車)に積んで、事故現場である材料置場に到着したが、それから右材料置場内の倉庫兼仮事務所で昼食をとり、約一時間位休憩した後、右トラツクに積載してある古電柱の荷降し作業にかかつた際、本件事故が発生したものである。

自賠法三条にいう「運行」の概念については、「原動機説」「走行装置説」「固有装置説」「車庫出入説」の諸説があるが、いずれの説によつても、本件事故当時、事故車両が「運行」状態にあつたものと解することはできない。原告らが挙示する大阪高裁判決並びにその原審たる大阪地裁昭和四六年五月一二日判決交民集四巻三号八〇八頁は、「固有装置説」に立脚しているものと解されるが、本件とは事案を異にし、「運行」概念につき両判決の一般論に従つても、本件事故車が「運行」中であつたことを肯定することはできない。

のみならず、本件事故は、被害者山岡要が、事故車両の荷台に上つて作業をしていたか、あるいは同車付近で作業をしていたときに、何らかの理由で積載中の古電柱の一本が荷崩れし、同人がその下敷となつて死亡したものであるから、積荷の管理行為自体から発生した業務上の災害であつて、本件車両の「運行」とは何らの因果関係もないことが明らかである。

別件大津地裁昭和四八年(ワ)第八二号事件においても、原告らは、民法七〇九条に基く不法行為責任並びに民法七一五条に基く使用者責任を追求されていたにすぎず、自賠法三条の保有者責任は全く問題とされていなかつたのである。

要するに、本件事故は、事故車両の運行とは何の関連もなく発生した単なる労災事故であり、いわゆる交通事故には該らないものというべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  自賠責保険契約の存在

請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二  事故

いずれも成立に争いのない甲第二、三号証、第六ないし第一〇号証並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

原告宮川電通は、電気通信工事を業とし、主に電々公社から電話線架設工事等の発注を受けているものであるが、昭和四四年頃から滋賀県坂本電話局管内の加入者新増設工事を請負い、有限会社栄興通信ほか数社にこれを下請させていたところ、昭和四五年五月頃には、栄興通信が請負つた区域の工事はほぼ完了し、古電柱の集荷作業のみが残り、栄興通信は右集荷作業を原告大興電設に請負わせ、さらにこれを太田電設こと原告太田が下請した。原告太田は、同年同月三一日午前八時頃から、原告大興電設所有の本件事故車を運転し、前記山岡要(大正九年七月二五日生、当時四九歳)、訴外按田幸次郎とともに大津市坂本々町内を回つて古電柱の集荷作業に従事し(山岡、按田の両名は、電柱をトラツクに積降しするため、人夫として原告太田に雇われたものであるる。)、同日午後零時半頃、古電柱一〇本を事故車に積載して同市下坂本町横田にある原告大興電設の材料置場に到着した。右古電柱は、いずれも杉材で、長さが六ないし八・七メートル、直径が一七ないし二七センチメートルあり、別紙見取図記載のように、上下二段にして荷台に積載され、運転台後部のトリイと荷台後部扉(後板)の二か所でロープでもつて車体にくくりつけてあつた。原告太田らは、材料置場に到着後、古電柱を積載した本件事故車を同所に駐車させたまま、前記倉庫ないし事務所において、昼食を済ませ、それから約一時間休憩した後、午後一時四五分頃古電柱の荷降し作業を開始した。前記山岡が運転台上の屋根に上つてトリイ部分のロープをはずし、ついで、原告太田がトラツクの後ろに回つて荷台後部扉部分(後部)のロープをはずし、前記按田が自動車後部左側でこのロープをたぐり寄せていたところ、突然積載中の古電柱の一本(右端に積まれてあつた長さ八・七メートルのもの)が運転席側(自動車右側)に落下し、前記山岡はその下敷となつて、頭蓋底骨折、胸部損傷によりその場で即死した(なお、電柱が落下した際、被害者山岡の挙動を目撃した者がいないため、右山岡が、運転席の屋根上もしくは荷台上から電柱もろとも落下したのか、トラツクから既に降りていたところに電柱が落下したのかは不明であるし、電柱が落下した原因も必ずしも明らかではない。)。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  自賠法三条の責任について

1  まず、本件事故が、自賠法三条にいう自動車の「運行によつて」生じたものかどうかについて検討するに、本件事故は、材料置場に停車させた貨物自動車から電柱の荷降し作業をしていた際、積載中の一本が何らかの原因で荷台から落下したために、作業員がその下敷となつて死亡したものであることは前記認定のとおりである。確かに、右のような事故は、走行中の貨物自動車から積載物が落下して通行人を死傷させたような場合とは異なり、常識的に使われる「交通事故」という概念にはあてはまらないように思われる。しかしながら、貨物を荷台に積載して搬送することを主な目的とする貨物自動車にあつては、その特殊の危険性は走行中だけに限られないのであつて、駐停車中であつても、積載物が落下して通行人等を死傷させたり、積載物の車体からはみ出た部分に他の車両等が衝突して事故が発生したりする危険性は十分考えられるのであるから、直接的には駐停車中の貨物自動車に積載された積荷によつて発生した事故であつても、それが自動車の走行と密接に関連して生じた事故である場合には、なお自動車の「運行によつて」生じた事故であると解して差し支えない。本件においてこれをみるに、なるほど、事故現場は、道路上ではなく材料置場であり、しかも事故が発生したのは、車両が停車してから一時間余り経過した後の荷降し作業中であつたことは前記認定のとおりである。しかし、前出甲第六号証によると、本件事故現場は、材料置場とはいつても、道路(国道一六一号線)に面し、また道路との境界には何らの障壁もなく、一般通行人が容易に出入りし得る場所であつたことが認められるし、貨物自動車に荷物を積載して運搬してきたからには、いずれ荷降し作業はしなければならないのであるから、それが、停車直後に開始されたか、一時間余り休憩した後に開始されたかは、さして問題にはならない。むしろ、本件事故は、荷台に古電柱を積載して走行してきた貨物自動車から、これを所定の場所に荷降しするという自動車の走行と連続した関係にある作業中に、しかも前記のような貨物自動車に固有の危険性がいまだ払拭し切れない場所において発生したという事実を重視すべきである。そうすると、本件事故は、停車中の貨物自動車の荷台から積載物が落下したために発生した事故ではあるが、自動車の走行と密接に関連して生じた事故であるから、自賠法三条にいう自動車の「運行によつて」生じた事故であると認めるのが相当である。

なお、被告は、本件事故は、積荷の管理行為自体から発生した業務上の災害であつて、事故車両の「運行」とは因果関係がないと主張する。しかしながら、前述したところから明らかなように、本件事故においては、車両の運行と事故との因果関係は、単に、貨物自動車の荷台上から積載物が落下したために事故が発生したという外形的事実によつて肯定されるのであり、積載物が落下した原因の如何は、自賠法三条但書の免責の成否の問題である。

2  次に、本件事故が、自賠法三条に規定する「他人の生命又は身体を害したとき」に該るかどうかについて検討するに、同条にいう「他人」とは、運行供用者、運転者、運転補助者以外の者を指すものと解すべきところ、本件事故の被害者である亡山岡要は、前記認定のとおり、電柱をトラツクに積降しするため原告太田に雇われ、同原告の運転する本件事故者に乗車して、古電柱の集荷作業に従事していた者であるから、本件事故車の運転補助者たることは明らかである。もつとも、抽象的には運転補助者であつても、具体的に事故当時、補助者としての職務に従事していなかつたときは、なお自賠法三条の「他人」性を肯定し得る余地が考えられないではないが、本件においては、被害者山岡は、事故当時現に電柱の荷降し作業に従事し、まさに運転補助者としての職務を執行中であつたのであるから、自賠法三条によつて保護される「他人」に該当しないことは明らかであり、結局、この点において自賠法三条の保有者の損害賠償責任は発生しないものといわなければならない。

3  してみると、自賠法三条の保有者の損害賠償責任の発生を前提とする原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当というほかない。

四  よつて、原告らの本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙見取図〔略〕

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